CT Lab

第19章 PET/SPECT と放射トモグラフィ

核医学編。体内から放出される放射線を測る。減弱補正付き MLEM と TOF をシミュレーションで体験する。

ここから核医学編です。CT も MRI も、体の構造(形)を写す装置でした。PET(陽電子放出断層撮影)と SPECT(単一光子放出断層撮影)が写すのは機能です。体に投与した放射性トレーサがどこに集まり、どんな代謝が起きているかを、体から放出される放射線として測ります。装置は違っても、再構成の数学は CT で作った道具に戻ってきます。とりわけ第8章の MLEM が、ここで本来の姿を現します。

放射と透過

CT は外部の X 線源から体を透過した光子を測り、減弱係数 μ\mu を画像化しました。PET/SPECT の線源は体の中にあります。トレーサから放出された光子の線積分、すなわち放射能(活動度)の分布を測ります。透過(transmission)に対して放射(emission)と呼ぶゆえんです。

透過(CT)外部線源μ(x,y)放射(PET/SPECT)体内トレーサ活動度 f(x,y)

透過(CT)と放射(PET/SPECT)の違い。CT は外部線源からの透過を測り減弱 μ を画像化する。PET/SPECT は体内トレーサの放出を測り活動度を画像化する。放出光子も体内で減弱を受けるので補正が要る。

ここで避けて通れないのが減弱です。体内で放出された光子も、体外へ抜けるまでに μ\mu で減弱します。深い場所からの光子ほど届きにくいので、補正しないと中心が凹んだ像になります。皮肉なことに、この補正に必要な μ\mu マップを提供するのが CT です。PET/CT という複合装置が普及したのは、機能(PET)と構造・減弱補正(CT)を一度に得られるからです。

同時計数と LOR

PET はうまい仕掛けで方向を決めます。トレーサ(たとえば FDG)が放出する陽電子は、すぐ近くの電子と対消滅し、正反対の向きに 511 keV の光子を 2 つ放ちます。リング状に並べた検出器のうち 2 つが、ごく短い時間窓の中で同時に光子を捉えたら(同時計数)、消滅はその 2 点を結ぶ線上で起きたと分かります。この線を応答線(LOR, line of response)と呼びます。コリメータで方向を絞る必要がなく、感度が高いのが PET の強みです。SPECT は単一光子なので、鉛のコリメータで方向を機械的に選びます(そのぶん感度は下がります)。

消滅点511 keV511 keVLORTOF の局在非 TOFTOFΔx = cΔt/2

PET の同時計数。陽電子消滅で反対向きに飛ぶ 511 keV 光子対をリング上の 2 検出器が同時に捉え、両者を結ぶ応答線(LOR)を得る。TOF では検出時間差 Δt から放出位置を Δx = cΔt/2 の精度で局在化する。

集めた LOR の計数を角度と位置で並べれば、それはサイノグラムです。第2章で見た構造がそのまま戻ってきます。

MLEM の本来の姿

放射計数は本質的にポアソン統計に従います。各 LOR の計数は、活動度分布から期待される値のまわりでポアソン分布します。この尤度を最大にする活動度を求めるのが MLEM(Maximum Likelihood Expectation Maximization)です。第8章では MLEM を「透過型 CT に適用する簡略モデル」として導入しましたが、本来 MLEM は放射トモグラフィのために生まれた手法です(Shepp & Vardi 1982)。ここでは乗法更新が近似ではなく、正しい尤度最大化そのものになります。

xj    xjiaijiaijpikaikxkx_j \;\leftarrow\; \frac{x_j}{\sum_i a_{ij}} \sum_i a_{ij}\, \frac{p_i}{\sum_k a_{ik} x_k}

減弱補正は、この系統行列 aija_{ij} に LOR ごとの減弱因子 exp(μdl)\exp(-\int \mu\, dl) を組み込むことで実現します。

第8章の MLEM がここで意味を持つ

第8章では「本シミュレーションの MLEM/OSEM は簡略モデルで、臨床の透過型 CT の尤度モデルではない」と注意しました。放射トモグラフィでは事情が逆で、測定が素直にポアソン計数なので、この乗法更新がそのまま正しい統計モデルになります。CT で学んだ逐次近似が、ここで本来の生息地に戻ってきたわけです。

シミュレーション:放射スキャンと減弱補正

活動度ファントム(背景の一様取り込み+2 つのホットスポット)から、減弱を掛けたサイノグラムを作り、MLEM で再構成します。「減弱補正」を切って反復すると、中心が凹むアーチファクトが現れます。深部からの光子ほど減弱で失われるからです。補正を入れると一様な取り込みが平坦に戻り、ホットスポットの定量も正しくなります。これが PET/CT で CT の μ マップを併用する理由です。

真の活動度分布

WL 2.00 / WW 4.00右ドラッグ / Shift+ドラッグ:WL/WW調整

MLEM 再構成

0 / 40 反復
0%

活動度ファントムから、減弱を掛けたサイノグラムを作って MLEM で再構成する。減弱補正を切ると、深部ほど光子が抜けにくいため中心が凹むアーチファクトが出る。補正を入れると一様な取り込みが平坦に戻り、ホットスポットの定量も正しくなる。これが PET/CT で CT の μ マップを併用する理由。第8章の MLEM が、ここでは放射計数のポアソン尤度最大化という本来の意味を持つ。

TOF(飛行時間)

PET の分解能をさらに高めるのが飛行時間(TOF)計測です。2 つの光子が検出器に届く時間の差 Δt\Delta t を測れば、消滅点が LOR の中心からどちらへどれだけ寄っていたかが分かります。位置の不確かさは Δx=cΔt/2\Delta x = c\,\Delta t / 2cc は光速)で、時間分解能が高いほど狭い区間に局在できます。非 TOF では LOR 全体に均一に逆投影するしかなかった計数を、TOF では正しい区間に集中させられるので、実効的な感度(画質)が上がります。

1 本の LOR への逆投影

WL 1.63 / WW 3.25右ドラッグ / Shift+ドラッグ:WL/WW調整
位置不確かさ Δx60 mm

時間分解能が高い(Δt が小さい)ほど、放出位置を LOR 上の狭い区間に絞れる。

同じ LOR でも、非 TOF では放出位置が分からないので線全体へ均一に逆投影する。TOF では 2 検出器の検出時間差から、放出点を Δx = cΔt/2 の精度でガウス状に局在化できる。時間分解能を上げると局在が鋭くなり、逆投影に混ざるノイズが減って実効的な感度が上がる。

分解能の限界と、教材のまとめ

PET には物理由来の分解能限界があります。陽電子は消滅する前に数 mm 飛ぶこと(陽電子飛程)、光子対が厳密には 180° でないこと(非同一直線性)で、これらは装置をいくら良くしても残ります。それでも、代謝や受容体分布といった機能情報を定量的に画像化できるのは PET/SPECT だけです。

この教材は、CT の線積分(Radon 変換)から出発し、フーリエ再構成、逐次近似、圧縮センシング、深層学習をたどり、MRI のフーリエ計測、そして PET/SPECT の放射計測まで来ました。装置ごとに測る物理量は違っても、「限られた測定から画像を復元する」という逆問題の骨格と、それを解く道具(フーリエ変換・逐次近似・正則化・統計モデル)は、驚くほど共通しています。断層イメージングは、ひとつの数学の多くの顔なのです。

参考文献

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