CT Lab

第20章 トモシンセシス

角度を全部は回せないとき。限定角度取得の深さぼけと、面内・面外の分解能の差をシミュレーションで見る。

ここから発展編です。CT 編では被写体の周囲を 180° 以上まわしてデータをそろえました。しかし現実には、ぐるりと一周できない撮り方がたくさんあります。乳房を圧迫して薄く広げた状態で撮る、胸部を寝台に載せたまま線源だけ動かす、口の外から歯列をなぞる。これらはどれも、線源を狭い角度範囲でしか動かせません。角度が足りないとき、再構成に何が起き、何を諦め、何を得るのか。それがこの章のテーマです。

全部は回せない

トモシンセシス(tomosynthesis)は、検出器を固定したまま、線源を狭い弧(典型的には ±15〜25°)だけ動かして撮る方式です。乳房用(DBT, digital breast tomosynthesis)、胸部、歯科パノラマなどで使われています。1 枚の X 線写真(プロジェクション ラジオグラフィ)は角度 1 つ、つまり奥行き情報がまったくありません。トモシンセシスはそこに少しだけ角度を足して、限定的な断層情報を得る中間的な手法です。

フル CT~180°+トモシンセシス固定検出器±25°

フル CT(左)は被写体の周囲を実質全周まわしてデータをそろえる。トモシンセシス(右)は検出器を固定し、線源を狭い弧(±25° 程度)だけ動かす。角度が足りないぶん、面内は解けても奥行き(面外)が分離できない。

なぜ全周回さないのか。理由は用途ごとに違いますが、共通するのは「回せない・回したくない」事情です。乳房は圧迫板で固定されているし、被曝を抑えたい、装置を小さく安くしたい、撮影を速くしたい。全周 CT の代わりに限定角度で済ませられるなら、そのメリットは大きい。問題は、そのぶん画像が代償を払うことです。

限定角度が奪うもの

再構成のアルゴリズムは CT 編のままで構いません。限定した角度集合で順投影し、FBP で戻すだけです。変わるのは結果の質で、限定角度には特有のアーチファクトが現れます。面内(検出器面に平行な方向)の分解能はほぼ保たれるのに、面外(奥行き方向)はぼけるのです。点状の構造は、奥行き方向に尾を引いたように伸びます。これを深さぼけと呼びます。

なぜ面外だけが犠牲になるのか。第4章の中心断面定理を思い出してください。角度 θ\theta の投影を測ることは、物体の 2 次元スペクトルを原点を通る 1 本の線として測ることでした。全周回せばスペクトル全体が埋まりますが、限定角度では、測れた投影角に対応する範囲しか埋まりません。測れなかった角度は、フーリエ空間に扇形の空白 ── missing wedge(欠損くさび)── として残ります。

画像空間伸長深さぼけフーリエ空間kxky欠損missing wedge

限定角度の 2 つの顔。左(画像空間): 点像が面外方向へ伸びる(深さぼけ)。右(フーリエ空間): 中心断面定理より、測れた投影角の範囲だけスペクトルが埋まり、測れなかった角度が「くさび」として欠ける(missing wedge)。同じ欠損の表と裏。

深さぼけと missing wedge は同じもの

画像空間で「点が奥行きに伸びる」ことと、フーリエ空間で「くさびが欠ける」ことは、同じ現象の表と裏です。欠けたくさびの向きは、測れなかった投影角に対応します。その方向の高周波が失われるので、その方向のエッジがぼける。トモシンセシスの深さぼけは、この欠損の画像空間での見え方にほかなりません。第22章の電子線トモグラフィでは、まったく同じ missing wedge が 3 次元で立ちはだかります。

シミュレーション:限定角度と深さぼけ

格子状に並べた円板を、フル 180° と限定角度 ±半幅 の両方で撮って FBP 再構成します。掃引の半幅スライダーを下げていくと、限定角度側の円板が縦(面外)方向に伸びていくのが見えます。中央円板の伸長比(面外/面内)を表示しているので、角度を狭めるほど伸長が増えることを数値でも確かめてください。横(面内)方向はほとんど変わらないことにも注目してください。角度不足は方向を選んで効くのです。

真の被写体

WL 0.500 / WW 1.20右ドラッグ / Shift+ドラッグ:WL/WW調整

フル 180°

計算中…

限定角度

計算中…

総開き角40°
中央円板の伸長(面外/面内)

同じ格子状の円板を、フル 180° と限定角度 ±半幅 で撮って FBP 再構成する。掃引幅を狭めると、各円板が面外(縦)方向へ伸びて深さぼけになる。面内(横)の分解能はほぼ保たれるのに、面外は角度に強く依存する ── これが限定角度トモグラフィの本質で、伸長比が角度とともに増える。

それでも使う理由

これだけ欠点があっても、トモシンセシスは臨床で広く使われています。理由は、比較対象が「全周 CT」ではなく「1 枚の X 線写真」だからです。マンモグラフィでは、乳腺組織が重なって病変を隠す(組織重畳)ことが最大の問題でした。トモシンセシスは奥行き方向に薄いスライスへ分離できるので、重なりを剥がして病変を見つけやすくします。面外分解能は粗くても、重畳を減らすには十分なのです。しかも被曝は全周 CT よりずっと少なくて済みます。

限定角度の欠損を、事前知識で補って画質を上げる研究も盛んです。第10章の圧縮センシング(スパース性で欠損を埋める)、第12章の深層学習(データから欠損の埋め方を学ぶ)は、まさに missing wedge を埋める道具として使えます。限定角度トモグラフィは、この教材で学んだ「不完全なデータから画像を復元する」技術が総動員される場でもあります。

この章の要点

トモシンセシスは、検出器を固定して線源を狭い弧だけ動かす限定角度トモグラフィです。再構成アルゴリズムは CT と同じですが、角度が足りないぶんフーリエ空間に missing wedge が残り、その向きの分解能 ── 実質的に奥行き(面外)方向 ── がぼけます。それでも 1 枚の X 線写真より格段に多くの情報が得られ、組織重畳を剥がせるので、少ない被曝で臨床の役に立ちます。欠損を埋める圧縮センシングや深層学習の応用先でもあります。次章では、線源が体の外ではなく体の中にある光音響トモグラフィへ移り、再構成の幾何そのものが変わる世界を見ます。

参考文献

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