第15章 核磁化と緩和
MRI 編の始まり。磁化ベクトルを RF パルスで倒し、T1・T2 緩和と FID をシミュレーションで体験する。
ここから MRI 編です。CT 編で扱った X 線 CT は、体を透過した光子を数え、減弱係数 の線積分を測る装置でした。MRI(磁気共鳴イメージング)が測るものはまったく違います。強い静磁場の中に置かれた水素原子核(プロトン)の磁化が、電波(RF パルス)で揺さぶられたあとに出す微弱な信号です。電離放射線を使わず、組織のコントラストは ではなく、これから見る T1・T2 という時定数と水素密度で決まります。
CT と MRI で「測るもの」はどう違うか
CT の測定値は透過強度の対数(線積分)で、画像化するのは減弱係数 でした。MRI の測定値はコイルに誘導される電圧で、画像化するのは横磁化 の空間分布です。この違いにもかかわらず、次章で見るとおり「測定から画像へ戻る」数学は再びフーリエ変換に帰着します。
核磁化とラーモア歳差
水素原子核はスピンを持ち、小さな磁石のように振る舞います。静磁場 の中では、個々のスピンの向きはほぼ乱雑ですが、ボルツマン分布のわずかな偏り(100 万個あたり数個のオーダー)によって、全体として 方向の正味の磁化 が生まれます。MRI の信号源はこの巨視的磁化です。
磁化を から傾けると、磁化はコマの首振りのように のまわりを回ります。これがラーモア歳差で、その角周波数は磁場に比例します。
比例定数 は磁気回転比と呼ばれ、プロトンでは MHz/T です。1.5 T の装置なら約 64 MHz、3 T なら約 128 MHz。FM ラジオに近い周波数帯の電波が、MRI の「信号」の正体です。
RF 励起と回転座標系
熱平衡の磁化は 方向( 軸)を向いていて、このままでは検出できません。そこでラーモア周波数と同じ周波数で振動する磁場 (RF パルス)を横方向から加えます。周波数がぴったり共鳴しているとき、 で回転する座標系に乗って眺めると歳差は止まって見え、磁化は のまわりをゆっくり倒れていきます。パルスを切るタイミングで倒れる角度(フリップ角)を制御でき、90° パルスは磁化を完全に横平面へ、180° パルスは反転させます。
実験室系では M が ω₀ = γB₀ で歳差する(左)。ω₀ で回る回転座標系に乗ると歳差は止まり、B₁ による倒れ込みだけが見える(右)。
横平面に倒れた磁化 は、実験室系ではラーモア周波数で回転しています。コイルの近くで磁石が回れば電圧が誘導されます(ファラデーの法則)。これが MRI で測る信号です。
Bloch 方程式と緩和
倒された磁化は、2 つの独立な過程で熱平衡へ戻っていきます。その現象論的な記述が Bloch 方程式です。回転座標系では次の 2 本に分離します。
T1(縦緩和) は、スピンが格子(周囲の分子環境)へエネルギーを渡して が回復する時定数です。T2(横緩和) は、スピン同士の相互作用で位相がばらけ、横磁化のベクトル和が失われていく時定数です。エネルギーは失われず「そろっていた向きが乱れる」だけなので、つねに が成り立ちます。
緩和の 2 つの時定数。縦磁化 Mz は T1 で回復し(t = T1 で 63%)、横磁化 |Mxy| は T2 で減衰する(t = T2 で 37%)。B0 不均一があると実効的な減衰は T2* でさらに速い。
この 2 つの時定数が組織ごとに大きく違うことが、MRI のコントラストの源泉です。たとえば 1.5 T では、脳脊髄液(CSF)は T1 ≈ 4000 ms・T2 ≈ 2000 ms、白質は T1 ≈ 590 ms・T2 ≈ 80 ms、脂肪は T1 ≈ 250 ms・T2 ≈ 60 ms 程度です。CT では水と軟部組織の の差が数 % しかなかったことを思い出すと、この差の大きさが際立ちます。どの差を画像に写すかは撮像パラメータで選べます(第17章)。
シミュレーション:磁化ベクトルと緩和
「90° パルス」を押すと磁化が横平面へ倒れ、 が T1 で回復し が T2 で減衰していく様子が曲線に現れます。T1 と T2 を組織の値に合わせて変えてみてください(CSF と脂肪では時間スケールがまったく違います)。180° パルスでは磁化が反転し、 が から回復します(反転回復)。小さなフリップ角を連打すると何が起きるかも試せます。
磁化ベクトル M(回転座標系)
Mz と |Mxy| の時間変化
RF パルスで倒した磁化が T1・T2 で熱平衡へ戻る。90° 直後は Mz = 0・|Mxy| = 1。T1 と T2 を変えると回復と減衰の速さが変わり、オフレゾナンスを与えると M が z 軸まわりに回りながら縮む。
FID と T2*
90° パルス直後にコイルへ誘導される信号を自由誘導減衰(FID, free induction decay)と呼びます。理想的には T2 で減衰するはずですが、実際にはもっと速く消えます。静磁場 は完全には均一でないため、場所ごとにラーモア周波数がわずかに違い、位相が扇状にばらけていくからです。この見かけの減衰の時定数を T2* と書きます。
ここで は磁場不均一による寄与です。重要なのは、 の脱位相は「静的な」ばらつきなので巻き戻せるという点です。180° パルスで位相を反転させると、速く回っていたスピンが今度は追いつく側に回り、エコーとして信号が復活します(スピンエコー、第17章)。
シミュレーション:FID と T2*
周波数のわずかに異なる 48 本の等時体(isochromat)が、90° パルス後に扇状に開いていきます。合成信号(FID)が真の T2 減衰の参照曲線より速く落ちることを確認してください。B0 不均一を大きくするほど T2* は短くなります。途中で「180° パルス」を押すと扇が畳まれ、打った時刻の 2 倍の位置で信号がエコーとして戻ります。
等時体の扇(横平面の上面図)
合成信号(FID)
B0 不均一のある組織の FID。各等時体(細い線)はわずかに異なる周波数で回るため扇状に開き、合成信号(太い線)は真の T2 より速く減衰する(T2*)。180° パルスを打つと扇が畳まれ、エコーとして信号が戻る。
この章の要点
MRI の信号源は、静磁場中のプロトンが作る巨視的磁化です。磁化はラーモア周波数 で歳差し、共鳴した RF パルスで任意の角度に倒せます。倒れた磁化は T1(縦緩和)と T2(横緩和)で熱平衡へ戻り、この時定数の組織差がコントラストの源泉になります。B0 不均一による見かけの減衰が T2* で、静的な脱位相は 180° パルスで巻き戻せます。ただし、ここまでの信号には「どこから来たか」の情報がまだありません。位置の情報を刻み込む仕掛けが、次章の勾配磁場と k 空間です。
参考文献
- Bloch F. Nuclear Induction. Physical Review 70, 460–474 (1946) — Bloch 方程式の原典。
- Hahn EL. Spin Echoes. Physical Review 80, 580–594 (1950).
- Nishimura DG. Principles of Magnetic Resonance Imaging. Stanford University (2010).
- McRobbie DW et al. MRI from Picture to Proton, 3rd ed. Cambridge University Press (2017).