CT Lab

第10章 スパースビュー再構成と圧縮センシング

投影を間引いても画像は戻るのか。標本化の要請、圧縮センシングの考え方、TV 正則化(ASD-POCS)をライブ実行で確かめる。

前章で見たとおり、線量を減らす道のひとつは「取得するデータそのものを減らす」ことです。投影の本数を半分にすれば、被曝も撮影時間もおよそ半分になります。しかし第4章では、投影が少なすぎると再構成像が放射状のストリークで覆われることも見ました。では、画像を壊さずに投影をどこまで間引けるのでしょうか。この問いに対する古典的な答えが標本化理論で、それを覆したのが 2000 年代半ばに登場した圧縮センシング(Compressed Sensing, CS)です。

標本化の要請

直径 nn ピクセルの画像を FBP で忠実に再構成するには、およそ

Nviewsπ2nN_{\mathrm{views}} \gtrsim \frac{\pi}{2}\, n

の投影が必要というのが古典的な目安です(Crowther の基準)。検出器の標本間隔と角度方向の標本間隔を釣り合わせる、という Nyquist 流の議論から出てくる値で、n=128n = 128 なら約 200 投影で、本教材の標準設定 180 投影はほぼこの水準です。これを下回ると、角度方向のエイリアシングがストリークとして現れます。第4章の「少数投影の星状アーチファクト」は、まさにこの標本化不足の署名でした。

古典理論の見立てはここまでです。情報が足りない以上どんなアルゴリズムでも復元できない、というわけです。ただしこれは、画像について何も仮定しない場合の話です。

圧縮センシング

2006 年前後、Candès・Romberg・Tao と Donoho は次のことを示しました。信号が何らかの変換領域でスパース(ほとんどの係数がゼロ)であり、測定がその表現と非整合(incoherent)であれば、Nyquist の要請を大きく下回る測定数からでも 1\ell_1 最小化で厳密に復元できます。これが圧縮センシングです。JPEG が画像を数十分の一に圧縮できるのは画像が変換領域でスパースだからで、「どうせ圧縮できる情報しか持っていないなら、最初から少なく測ればよい」と言い換えることもできます。

CT 画像はどの領域でスパースでしょうか。画素値そのものはゼロだらけではありませんが、人体の断面は臓器ごとにほぼ一様な、区分的に滑らかな画像です。つまり隣接画素の差分(勾配)を取れば、エッジ以外はほぼゼロで、勾配領域でスパースです。

0|∇x||∇x| の分布画像 x(区分一様)勾配 |∇x|(エッジのみ非ゼロ)ほとんどの画素で 0 = スパース

圧縮センシングの前提となるスパース性。CT 画像そのものはゼロだらけではないが、勾配(差分)を取るとエッジ以外がほぼゼロになる — ヒストグラムは 0 に鋭いピークを持つ。この「勾配領域のスパース性」を事前知識として押し付けるのが TV 最小化である。

勾配の大きさの総和、すなわち画像の全変動(Total Variation)を

TV(x)=j(x)j2=j(Δhx)j2+(Δvx)j2\mathrm{TV}(x) = \sum_{j} \left\| (\nabla x)_j \right\|_2 = \sum_{j} \sqrt{(\Delta_h x)_j^2 + (\Delta_v x)_j^2}

と書くと(勾配の 1\ell_1 ノルムに相当)、スパースビュー CT の再構成は次の最適化問題になります。

minx  TV(x)s.t.Ax=p,x0\min_x \; \mathrm{TV}(x) \quad \text{s.t.} \quad A x = p, \quad x \ge 0

「測定と矛盾しない画像のうち、勾配が最もスパースなものを選べ」という定式化です。ストリークは勾配をたくさん持つ(いたるところに偽のエッジを作る)ので、TV を最小化する解からは自然に排除されます。

ASD-POCS

この最適化を解く方法として、CT では Sidky と Pan の ASD-POCS(adaptive steepest descent と projection onto convex sets)がよく知られています。基本構造は、第8章の逐次近似ループに正則化を加えたものです。

データ整合ステップ:SART の 1 反復で AxpAx \approx p に近づける(+ 非負制約)

正則化ステップ:TV の勾配方向に小さく降下し、画像を「区分一様側」へ引き戻す

1〜2 を交互に繰り返す

第8章で「逐次近似の本当の強みは事前知識を差し込める拡張性にある」と述べました。ASD-POCS はその最初の本格的な実例です。本教材の実装は、TV 降下のステップ幅を固定した簡略版(src/core/recon/tv.ts)ですが、挙動の本質は変わりません。

シミュレーション:FBP vs SART vs SART+TV

180 投影から kk 本を等角度に抜き出し、同じデータで 3 手法を比べます。SART 系は 20 回反復します。k=24k = 24(全投影の 13%)では、SART+TV は Shepp-Logan ファントムをおおむね復元しますが、FBP にはストリーク、SART には標本化不足によるアーチファクトが残ります。TV ステップ幅 λ\lambda を上げすぎると、プロファイルが階段状になる staircase アーチファクトが現れます。自由描画で細かな構造を増やすとスパース性の仮定が弱まり、TV の効果も小さくなります。

ファントム

WL 0.500 / WW 1.00右ドラッグ / Shift+ドラッグ:WL/WW調整

サンプリングと正則化

反復 0 / 20
0%

FBP

計算中…
RMSE

SART

計算中…
RMSE

SART + TV

計算中…
RMSE

中心行プロファイル

計算中…

スパースビュー再構成の比較。投影数 k を 180 から間引くと FBP(左)はストリークだらけになる。SART(中)はストリークが減るがサンプリング不足の偽構造は残る。TV 正則化を加えた SART+TV(右)は区分一様な構造をよく回復する。λ を上げすぎるとのっぺりした「階段状」の平坦化が起き、自由描画の細かい構造は消えることも確かめられる。

限界と、その先へ

TV 正則化の限界

TV 正則化は「区分一様」という事前知識を強制する手法なので、その仮定が破れる対象、たとえば微細なテクスチャ、肺野の血管網、骨梁では、本物の構造をアーチファクトもろとも消してしまいます。staircase アーチファクトもその現れです。「もっともらしく滑らかな画像」と「情報として正しい画像」は同じではない、という緊張関係は、正則化を強くするほど鋭くなります。

「区分一様」よりも柔軟な事前知識は、データから学習できます。これが第12章で扱う学習ベースの手法につながります。逐次近似のループにネットワークを組み込む展開型(unrolled)ネットワークは、ASD-POCS とよく似た構造を持ちます。第13章で触れる拡散モデルによる再構成も、学習した生成事前分布とデータ整合を交互に適用します。また、ここで見た圧縮センシングはもともと MRI で花開いた技術で、MRI 編(第18章)では同じ TV 反復が、演算子をフーリエ変換に替えてそのまま再登場します。

参考文献

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