CT Lab

第9章 線量と画質

ノイズはどこから来るのか。ポアソン統計と σ∝1/√線量、CTDI・DLP の線量指標、MTF・NPS による画質の定量評価。

第4章と第8章では、投影にノイズを加えると再構成像がざらつくことを見ました。しかしこれまでノイズは「設定のひとつ」であって、その出どころは問いませんでした。実際の CT でノイズの大きさを決めているのは、患者が浴びる X 線の量、すなわち線量です。線量を上げればきれいな画像が得られますが、被ばくリスクも増える。「診断に必要な画質を、どこまで少ない線量で達成するか」という最適化が、CT という装置の中心課題です。この章では、光子の統計からノイズの大きさを導き、線量を測る物差し(CTDI・DLP)と、画質を測る物差し(MTF・NPS)を揃えます。

光子の統計とノイズ

X 線光子の検出は本質的に確率的な現象で、一定強度のビームでも検出される光子数はポアソン分布に従ってゆらぎます。ポアソン分布では分散が期待値に等しい(Var[I]=Iˉ\mathrm{Var}[I] = \bar I)ので、期待値 Iˉ=I0ep\bar I = I_0 e^{-p} の透過測定を対数変換 p=ln(I/I0)p' = -\ln(I/I_0) したときの誤差は、一次近似で

σp2Var[I]Iˉ2=1Iˉ=epI0\sigma_p^2 \simeq \frac{\mathrm{Var}[I]}{\bar I^2} = \frac{1}{\bar I} = \frac{e^{p}}{I_0}

となります。この式からは 2 つのことが読み取れます。第一に σp1/I0\sigma_p \propto 1/\sqrt{I_0} で、入射光子数(≒ 管電流×照射時間 mAs ≒ 線量)を 4 倍にしてもノイズは半分にしかなりません。線量とノイズの関係は平方根です。FBP は線形な処理なので、この関係はそのまま画像ノイズ σ\sigma にも引き継がれます。第二に分子の epe^p により、減弱の大きい経路ほどノイズが指数関数的に増えます。体格の大きい患者や骨・金属を通るレイでノイズが跳ね上がる理由で、第11章で扱うフォトン飢餓はこの極限です。

実機の線量調整ノブは主に管電流時間積(mAs)と管電圧(kVp)です。mAs は光子数 I0I_0 に比例する素直なノブですが、kVp はスペクトル自体を変えるため、線量だけでなく μ\mu もコントラストも動きます(第13章で扱うエネルギーの話につながります)。この章のシミュレーションでは簡略化して I0I_0 だけを動かします。

実際の検査では、位置や投影角度ごとに患者の厚さが変わります。自動露出機構(AEC)は位置決め画像や直前の投影から減弱を推定し、管電流を z 方向・角度方向に変調します。第1章で触れた bow-tie filter と組み合わせ、必要な画質を保ちながら不要な照射を減らします。したがって「mAs を半分にすれば常に患者線量も半分」という関係は、固定条件での近似です。

シミュレーション:線量・ノイズ・低コントラスト検出能

一様円板にコントラスト ΔA=0.08/0.04/0.02/0.01\Delta A = 0.08 / 0.04 / 0.02 / 0.01 のインサートを置いたファントムを、I0I_0 を変えながら FBP 再構成します。右のプロットは各線量で測ったノイズ σ\sigma1/相対線量1/\sqrt{\text{相対線量}} に対して示します。両者はほぼ比例し、線量を下げると低コントラストのインサートから順にノイズに埋もれます。CNR(コントラスト・ノイズ比)が約 3〜5 を下回ると検出しにくくなるという経験則を Rose 基準と呼びます。

再構成像(FBP, Ram-Lak)

計算中…
ノイズ σ(中心ROI)
CNR (ΔA=0.08)

線量

相対線量1%

ノイズと線量の関係

計算中…

線量とノイズ・低コントラスト検出能。I₀ を下げる(線量を下げる)とノイズ σ は 1/√線量 に比例して増え、コントラストの小さいインサートから順にノイズに埋もれていく。破線円は σ 測定用の中心ROI(藍)と CNR 測定用のインサートROI(臙脂)。

線量の物差し:CTDI から実効線量へ

線量を管理するには、まず測れなくてはなりません。CT の線量指標の出発点は CTDI(CT Dose Index)です。1 回転分のスキャンで z 方向にできる線量プロファイル D(z)D(z) を、標準の円柱アクリルファントム(頭部 16 cm / 体幹 32 cm)の中で ±50 mm にわたり積分し、公称ビーム幅 nTnT で割ります。

CTDI100=1nT50mm+50mmD(z)dz\mathrm{CTDI}_{100} = \frac{1}{nT} \int_{-50\,\mathrm{mm}}^{+50\,\mathrm{mm}} D(z)\, dz

散乱線のぶん、線量プロファイルはビーム幅より広く裾を引きます。この裾まで含めて「1 回転あたりの実効的な線量」に均したものが CTDI です。ファントムの中心と周辺では線量が違うので加重平均 CTDIw=13C+23P\mathrm{CTDI}_w = \frac{1}{3}C + \frac{2}{3}P を取り、ヘリカルスキャンの送り(ピッチ)を補正したものが装置のコンソールに表示される CTDIvol\mathrm{CTDI}_{vol} [mGy] です。これに撮影範囲 LL を掛けた DLP=CTDIvol×L\mathrm{DLP} = \mathrm{CTDI}_{vol} \times L [mGy·cm] が検査全体の線量の代理指標、さらに撮影部位ごとの換算係数 kk を掛けると実効線量 EkDLPE \approx k \cdot \mathrm{DLP} [mSv] の概算になります。

CTDI ファントム(実測)CTDIvol[mGy]1 回転あたり・ピッチ補正込みDLP[mGy·cm]× 撮影範囲 L実効線量[mSv]× 部位別係数 k× L× k

線量指標の連鎖。円柱ファントムで実測した線量から CTDIvol(1 回転・単位長さあたりの平均線量)を求め、撮影範囲 L を掛けて DLP、部位別の変換係数 k を掛けて実効線量の概算に至る。装置のコンソールに表示されるのは CTDIvol と DLP。

注意すべきは、CTDIvol\mathrm{CTDI}_{vol} は「標準ファントムに対する装置の出力」であって患者個人の線量ではないことです。同じ CTDIvol\mathrm{CTDI}_{vol} でも細い患者ほど実際の吸収線量は大きくなるため、体格で補正した SSDE(Size-Specific Dose Estimate)が使われます。運用面では、「合理的に達成できる限り低く」という ALARA の原則と、国・地域ごとに集計された診断参考レベル(DRL)が線量管理の枠組みです。

線量指標の限界

CTDI100\mathrm{CTDI}_{100} は 100 mm 電離箱を使う歴史的な指標で、幅の広いコーンビームでは散乱線の裾を十分に含められない場合があります。また DLP から求める実効線量は標準的な集団モデルによる概算で、個々の患者の臓器線量や将来リスクを直接表す値ではありません。CTDI、SSDE、DLP、実効線量は目的の異なる指標として使い分けます。

画質の物差し:MTF と NPS

ノイズの標準偏差 σ\sigma と引き換えになるのが、画質のもう半分である鮮鋭さです。第4章で見たように、再構成フィルタを Ram-Lak から Hann に替えるとノイズは減りますが像はボケます。この 2 つを同じ土俵で定量化するのが MTF と NPS です。

MTF(Modulation Transfer Function、変調伝達関数)は「空間周波数 ff の正弦波パターンのコントラストが、系を通過したあと何割残るか」を表す曲線です。点状の物体を撮影して点像分布関数 PSF を得て、それを 1 方向に積分した線像分布関数 LSF の 1 次元フーリエ振幅が MTF になります。MTF が 50% / 10% に落ちる周波数(MTF50 / MTF10)が分解能の代表値としてよく使われます。

NPS(Noise Power Spectrum、ノイズパワースペクトル)は、ノイズの分散 σ2\sigma^2 を空間周波数に分解したものです。一様なファントムを繰り返し撮影し、平均像を引いたノイズ差分画像の 2 次元フーリエピリオドグラムを平均して求めます。全周波数で積分すると σ2\sigma^2 に戻ります。つまり NPS は、同じ σ でも中身が粗い粒なのか細かい粒なのかを表します。FBP のノイズは白色ではなく、ランプフィルタで高周波が持ち上げられた独特のスペクトル形状を持ちます。

検出器まで含めた系全体の効率は、入出力の SNR² の比である DQE(Detective Quantum Efficiency)で測られますが、本章では再構成フィルタの比較に集中します。

逐次近似や DLR は非線形なので、分解能とノイズ特性が線量、コントラスト、対象物に依存します。この場合、線形・定常な系を仮定する通常の MTF と NPS だけでは不十分です。特定コントラストの物体から測る task transfer function(TTF)、NPS、観察タスクを組み合わせた detectability index dd' が使われます。

シミュレーション:MTF と NPS の実測

微小円板の再構成 PSF から MTF を、一様水ファントムのノイズ差分画像 6 枚から NPS を測り、3 種類のフィルタを比べます。Ram-Lak は高周波まで MTF が保たれる一方、NPS の高周波成分も大きく、画像はざらつきます。Hann はその逆です。I0I_0 を変えると NPS の大きさは変わりますが、形はほぼ変わりません。測定対象は有限サイズの円板なので、MTF はその形状因子を含む実効値です。フィルタ間の比較には影響しません。

フィルタと線量

MTF50(cycles/長さ単位)
ノイズ σ(差分画像)

ノイズ差分画像(選択フィルタ)

計算中…

MTF(実測)

計算中…

NPS(実測・相対値)

計算中…

3 種の再構成フィルタの MTF(左)と NPS(右)の実測。Ram-Lak は MTF が最も高い(シャープ)代わりに NPS の高周波成分が大きく(ザラザラしたノイズ)、Hann は逆にノイズが滑らかで少ない代わりに MTF が早く落ちる(ボケる)。分解能とノイズは同じフィルタ形状の裏表で、独立には選べない。

画質は「タスク」で決まる

σ\sigma・MTF・NPS は装置側の物差しですが、臨床で問われるのは「この病変が見えるか」という検出能です。信号の面積とコントラストとノイズから検出可能性を見積もる Rose 基準はその最も素朴な形で、より精密には人の観察者を統計モデルで置き換えたモデルオブザーバー(NPW・CHO など)によるタスクベース評価が行われます。この視点は第12章の深層学習再構成の評価にも直結します。RMSE や PSNR が改善しても、低コントラスト病変の検出能はむしろ低下する場合があると報告されており、数値上の画質と診断上の有用性は必ずしも一致しません。

線量を下げる研究の道筋は大きく 3 つあります。検出器そのものの効率を上げる(第13章のフォトンカウンティング CT)、取得するデータを減らす(次章のスパースビュー再構成)、そして事前知識で足りない情報を補う(第8章の逐次近似・第12章の学習ベース再構成)。次章では 2 つ目の道、すなわち投影を間引いても画像を再構成できるかという圧縮センシングの問いに進みます。

参考文献

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