CT Lab

第7章 産業用CT

被写体を回して拡大する。幾何拡大と焦点サイズが分解能を決め、非破壊検査と寸法測定に効く。

ここまでの CT は、すべて人体を撮るものでした。しかし前章で組み上げたコーンビームと FDK は、そのまま別の世界でも動きます。鋳造部品の中の巣を探し、電子基板のはんだ接合を覗き、化石を壊さずに調べる産業用 CT です。物理は同じ、数学も同じ。にもかかわらず、被写体が患者でなくなった瞬間に、設計の制約がごっそり入れ替わります。この章は、その入れ替わりが何を可能にするかの話です。

制約が入れ替わる

医用 CT の設計を縛っていた最大の制約は線量でした。患者は被曝するので、撮影は速く、光子は少なく。ところが産業用 CT の被写体はアルミの鋳物やコネクタです。被曝を気にする相手がいないので、制約が外れます。

  • 時間をかけてよい:1 スキャンに数十分から数時間かけられる。医用なら 1 秒未満です。
  • 光子をいくらでも使ってよい:長時間露光でノイズを潰せる。第9章で見る σ1/I0\sigma \propto 1/\sqrt{I_0} を、線量の上限なしに使えます。
  • 投影を好きなだけ撮ってよい:数千投影も可能で、第10章のスパースビュー問題は起きにくい。
  • 被写体が動かない:部品は息をしないし、動きません。第11章のモーションアーチファクトとは無縁です。

代わりに、医用にはない厳しさも来ます。金属が相手なので、ビームハードニングとフォトン飢餓が日常的に牙を剥きます(第11章)。そして最大の違いは、装置の構成そのものです。

被写体を回す

医用 CT は、患者を寝かせたまま線源と検出器をガントリで回します。患者は動かせないからです。産業用 CT は逆で、線源と検出器を床に固定し、被写体をターンテーブルに載せて回します。部品は文句を言わないので、回してよいのです。

この一手が効きます。被写体を自由に置けるということは、線源にいくらでも近づけられるということだからです。

医用 CTガントリが回る患者は固定M ≈ 1産業用 CTマイクロフォーカス線源フラットパネル被写体が回るSODSDDM = SDD/SOD

医用 CT(上)は患者を固定してガントリが回るため拡大率はほぼ 1 に固定される。産業用 CT(下)は線源と検出器を固定し、被写体をターンテーブルで回す。被写体を線源へ寄せるほど幾何拡大 M = SDD/SOD が上がり、検出器の画素より細かい構造を写せる。

線源から被写体までの距離を SOD\mathrm{SOD}、線源から検出器までを SDD\mathrm{SDD} とすると、被写体の影は検出器上で拡大されます。この幾何拡大率 MM が産業用 CT の主役です。

M=SDDSODM = \frac{\mathrm{SDD}}{\mathrm{SOD}}

被写体を線源に寄せる(SOD\mathrm{SOD} を縮める)ほど影は大きくなります。すると、検出器の画素ピッチ pdetp_{\mathrm{det}} を被写体スケールへ引き戻した実効ボクセルは MM に反比例して細かくなります。

pvoxel=pdetMp_{\mathrm{voxel}} = \frac{p_{\mathrm{det}}}{M}

画素ピッチ 100 µm の検出器でも、M=10M = 10 なら 10 µm のボクセルになります。医用 CT が M1M \approx 1 に縛られて画素ピッチ以下に行けないのに対し、産業用 CT は幾何だけで分解能を買える。マイクロ CT が µm を切る世界に届くのは、この仕組みのおかげです。

ただし、焦点が邪魔をする

では SOD\mathrm{SOD} を限りなく小さくすれば、いくらでも細かくなるのでしょうか。なりません。ここまで線源を点として扱ってきましたが、実際の X 線管の焦点には広がりがあります。

焦点に大きさ ff があると、被写体エッジの影の縁はぼやけます。焦点の上端から出た光と下端から出た光が、検出器上の違う場所にエッジを描くからです。この半影(penumbra)の幅は

udet=f(M1)u_{\mathrm{det}} = f \cdot (M - 1)

で、拡大するほど広がります。

焦点サイズ被写体のエッジ検出器半影影(本影)明部penumbra = focal × (M − 1)

焦点に広がりがあると、被写体エッジの影は検出器上で幅 focal×(M−1) の半影になる。拡大するほど半影も広がるため、被写体スケールに換算した非鮮鋭度は焦点サイズへ漸近する。これが分解能の下限。

分解能は焦点サイズで頭打ちになる

半影を被写体スケールへ引き戻すと uobj=f(M1)/Mu_{\mathrm{obj}} = f(M-1)/M になり、MM \to \infty で焦点サイズ ff に漸近します。ボクセルは MM に反比例して小さくなるのに、半影は ff から下がりません。つまりどれだけ拡大しても、焦点サイズより細かい構造は写らない。マイクロフォーカス線源(焦点数 µm)やナノフォーカス線源が必要なのは、そのためです。

実効ボクセルと半影を合わせた総合非鮮鋭度は、二乗和平方根で見積もれます。

utotal=uobj2+pvoxel2u_{\mathrm{total}} = \sqrt{u_{\mathrm{obj}}^2 + p_{\mathrm{voxel}}^2}

シミュレーション:幾何拡大とボクセルサイズ

SOD\mathrm{SOD} を縮めると拡大率が上がり、実効ボクセル(右下がりの直線)はどこまでも細かくなります。しかし焦点による半影は焦点サイズで頭打ちになり、総合非鮮鋭度もそこで止まります。焦点サイズを 50 µm に上げると、いくら拡大しても粗いままになることを確かめてください。同時に視野が MM に反比例して狭くなる点にも注目してください。分解能と視野は、幾何で直結したトレードオフです。

detectorobjectsourceSODSDD

非鮮鋭度の内訳(被写体スケール)

5101520253035401e01e1幾何拡大率 M被写体スケールの大きさ [µm]
総合非鮮鋭度焦点による半影実効ボクセル
幾何拡大率 M=SDD/SODM = \mathrm{SDD}/\mathrm{SOD}4.0×
実効ボクセル25.0 µm
焦点による半影3.8 µm
総合非鮮鋭度25.3 µm
視野(FOV)100 mm

被写体を線源へ寄せる(SOD を縮める)と拡大率 M が上がり、実効ボクセルは M に反比例して細かくなる。一方、焦点による半影は焦点サイズへ漸近するので、総合非鮮鋭度は焦点サイズで頭打ちになる。「拡大すればいくらでも細かくなる」わけではなく、マイクロフォーカス線源が要る理由がここにある。同時に視野は M に反比例して狭くなるため、実務では部品が視野に収まる限界が拡大率を決める。

部品の大きさが撮影計画を決める

総合非鮮鋭度は拡大するほど良くなるので、原理的には「できるだけ拡大する」が正解です。それを止めるのが視野です。FOV=wdet/M\mathrm{FOV} = w_{\mathrm{det}} / M なので、部品が視野からはみ出せば撮れません。つまり実務の手順はこうです。部品の大きさが最大拡大率を決め、最大拡大率がボクセルサイズを決める。 大きな鋳物を粗く見るか、切り出した小片を細かく見るか。この判断が撮影計画の出発点になります。

何のために撮るのか

産業用 CT の用途は、大きく 2 つに分かれます。

非破壊検査(NDT) は欠陥を探す仕事です。鋳造品の巣(ポロシティ)、溶接部の割れ、複合材の剥離、はんだ接合のボイド。壊さずに中を見られることが価値なので、「見えるかどうか」がすべてです。そして見えるかどうかを決めるのは、いま見た総合非鮮鋭度です。

寸法測定(メトロロジー) は測る仕事です。CT なら、ノギスやプローブが届かない内部形状の寸法を、非破壊で測れます。ただし「測る」となると要求は跳ね上がります。欠陥検出なら多少ぼけても存在が分かればよいのに対し、寸法測定では表面の位置を µm 単位で決めねばなりません。ビームハードニングでエッジが動けば、それがそのまま測定誤差になります。産業用 CT の寸法測定にトレーサビリティの規格(VDI/VDE 2630 など)があるのは、この難しさゆえです。

シミュレーション:非破壊検査と分解能

鋳造部品を模したファントム(母材にポロシティと細いクラック)を撮影し、しきい値で欠陥を検出します(赤)。SOD\mathrm{SOD} を大きくして拡大率を下げるか、焦点サイズを上げると、小さなポロシティと細いクラックから順に検出できなくなり、検出率が落ちていきます。ここで大事なのは、入射光子数 I0I_0 を上げてノイズを潰しても検出率が戻らないことです。ノイズは光子で買えるが、非鮮鋭度は買えない。 線量に制約がない産業用 CT だからこそ、分解能の設計が効いてきます。

真の部品(ポロシティ + クラック)

WL 0.500 / WW 1.20右ドラッグ / Shift+ドラッグ:WL/WW調整

再構成

計算中…

欠陥検出(しきい値)

幾何拡大率13.3×
実効ボクセル7.5 µm
総合非鮮鋭度8.8 µm
欠陥の検出率

鋳造部品を模したファントム(母材にポロシティと細いクラック)を、拡大率と焦点サイズから決まる総合非鮮鋭度でぼかしてから撮影し、FBP 再構成してしきい値で欠陥を検出する(赤)。拡大が足りない、あるいは焦点が大きいと、微小なポロシティと細いクラックが先に検出できなくなる。線量に制約がない産業用 CT では I₀ を上げてノイズを潰せるが、非鮮鋭度は光子数では買い戻せない。

この章の要点

産業用 CT は、医用 CT と同じ物理・同じ再構成数学を、制約の違う世界へ持ち込んだものです。被写体が患者でないので、時間も光子も投影数も自由に使え、そして被写体自身を回して線源へ近づけられます。この幾何拡大 M=SDD/SODM = \mathrm{SDD}/\mathrm{SOD} が検出器の画素ピッチを MM で割り、マイクロ CT の分解能を生みます。ただし焦点サイズが半影を作るため、分解能は焦点で頭打ちになり、視野は MM に反比例して狭くなります。部品の大きさが拡大率を、拡大率がボクセルを決める、というのが撮影計画の骨格です。次章からは再構成アルゴリズムへ戻り、方程式を反復で解く逐次近似再構成を扱います。産業用 CT の金属アーチファクトについては第11章で改めて触れます。

参考文献

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