CT Lab

第8章 逐次近似再構成

ART・SIRT・MLEM/OSEM。方程式を反復で解く再構成と低線量 CT。

ここまでの FBP は、1 パスで解析的に逆変換する方法でした。見方を変えると、再構成は連立一次方程式を解く問題として定式化できます。画像を N2N^2 個の画素値を並べたベクトル xx、サイノグラムを MM 個(投影数 × 検出器数)の測定値ベクトル pp とすると、順投影は系統行列と呼ばれる巨大な疎行列 AA(要素 aija_{ij} はレイ ii が画素 jj を横切る重み)による線形写像になり、再構成は Ax=pAx = pxx について解くことに帰着します。投影数が少なければ方程式は劣決定(未知数 > 独立な式)になり、測定にノイズが乗れば厳密に整合する解は存在しません。そこで登場するのが、初期画像から出発して測定との食い違いを少しずつ減らしていく反復解法です。これを逐次近似再構成と呼びます。

Ax=pA\mathbf{x} = \mathbf{p}
レイ iaij交差長 = a_ij画素 jAx=pi1 本のレイ = 1 本の方程式未知数(画素値)

連立一次方程式としての再構成。A は投影演算子を離散化した系統行列。

最も古い逐次近似法が ART(Algebraic Reconstruction Technique)で、数学的には Kaczmarz 法として知られています。方程式を 1 本(= 1 レイ)ずつ取り出し、現在の画像 xx をその方程式が定める超平面 aix=pia_i \cdot x = p_i の上へ射影する操作を、全レイについて巡回します。更新式の分子 piaixp_i - a_i \cdot x は、そのレイの測定値と現在画像の順投影との食い違い(残差)です。これをレイの通り道に塗り戻して食い違いを打ち消します。緩和係数 λ\lambda は 1 回の更新で超平面へどこまで近づくかを決め、小さくするほどノイズが平均化されて挙動が安定します。ノイズのない整合した方程式系なら、この射影の繰り返しが解に収束することが証明されています。

x    x+λpiai ⁣ ⁣xai2ai\mathbf{x} \;\leftarrow\; \mathbf{x} + \lambda\,\frac{p_i - \mathbf{a}_i\!\cdot\!\mathbf{x}}{\lVert \mathbf{a}_i \rVert^2}\,\mathbf{a}_i

ART は 1 レイごとに画像を書き換えるため立ち上がりが速い反面、ノイズの乗った 1 本のレイに画像が振り回されやすいという弱点を持ちます。SIRT(Simultaneous Iterative Reconstruction Technique)は全レイの残差をまとめて計算し、レイごとの行和 RR と画素ごとの列和 CC(感度)で正規化した補正 ATA^{\mathsf T} を一括で適用します。1 反復あたりの前進は穏やかですが、多数のレイで平均するのでノイズにロバストです。SART は両者の中間に位置します。1 つの投影角度(ビュー)分のレイをまとめて SIRT と同じ式で逐次更新し、速さと安定性のバランスを取る方法です。

x    x+λC1ATR1(pAx),R=diag(jaij),C=diag(iaij)\mathbf{x} \;\leftarrow\; \mathbf{x} + \lambda\, C^{-1} A^{\mathsf T} R^{-1}\,(\mathbf{p} - A\mathbf{x}), \qquad R = \operatorname{diag}\Bigl(\sum_j a_{ij}\Bigr),\quad C = \operatorname{diag}\Bigl(\sum_i a_{ij}\Bigr)

ここまでは幾何学的な方程式解法でしたが、測定の統計モデルから出発する方法もあります。光子計数を直接扱う放射型トモグラフィでは、測定値をポアソン分布とみなし、尤度を最大にする画像を求める MLEM(Maximum Likelihood Expectation Maximization)が使われます。測定と順投影の比 p/(Ax)p/(Ax) を逆投影し、感度で正規化して現在画像へ掛ける乗法型の更新なので、正の初期値から始めれば非負性が保たれます。OSEM(Ordered Subsets EM)は投影をサブセットに分けて更新を早める方法で、PET/SPECT では標準的です。

本教材の MLEM/OSEM は簡略モデル

一方、透過型の X 線 CT で検出される光子数の期待値は I0exp(Ax)I_0\exp(-Ax) です。したがって厳密な統計的 CT 再構成では、下の簡略 MLEM 式をそのまま使うのではなく、透過測定のポアソン尤度や、対数変換後の不均一分散を扱う重み付き最小二乗法(PWLS)、モデルベース逐次近似再構成(MBIR)を用います。本シミュレーションの MLEM/OSEM は、乗法更新とサブセット化の挙動を学ぶための簡略モデルで、臨床の透過型 CT 装置で使われる尤度モデルではありません。ただし放出型(emission)の PET/SPECT では、測定が素直にポアソン計数になるため、この乗法更新がそのまま正しい尤度最大化になります。MLEM が本来の姿を現すこの舞台は、核医学編(第19章)で扱います。

xj    xjiaijiaijpi(Ax)ix_j \;\leftarrow\; \frac{x_j}{\sum_i a_{ij}} \sum_i a_{ij}\, \frac{p_i}{(A\mathbf{x})_i}
現在の画像 x^k順投影 AAxk測定 p残差 p − Ax^k逆投影 Aᵀ+更新xk+1ART:1 レイずつ即時更新SIRT:全レイの残差を一括適用MLEM:差ではなく比 p/(Ax) を乗算

逐次近似の 1 反復。順投影 → 残差 → 逆投影 → 更新のループを回す。手法の違いは残差の使い方に現れる。

では、FBP と逐次近似はどう使い分ければよいのでしょうか。投影が十分な本数そろい、ノイズが小さい条件では、1 パスで終わる FBP が高速かつ高画質で、逐次近似を使う理由はあまりありません。しかし投影数が少ない、線量が低い(ノイズが大きい)、データが欠損しているといった厳しい条件では、FBP の ω|\omega| フィルタがアンダーサンプリングとノイズをそのまま増幅し、画質が急激に崩れます。逐次近似は測定との整合を少しずつ取り直すため、こうした条件でもアーチファクトの少ない安定した像を与えます。そのぶん計算コストは桁違いに大きくなりますが、近年の臨床 CT の被ばく低減は、逐次近似再構成とその発展形の実用化に支えられています。

シミュレーション:逐次近似の反復を動かす

手法を選び、「1反復」で 1 ステップずつ、「▶ 連続実行」で自動的に反復を進めます。ゼロ画像から再構成像が立ち上がっていく様子を観察してください。ART は数反復で像が現れ、SIRT はゆっくり滑らかに、OSEM は MLEM よりサブセット数倍ほど速く収束します。手法・λ\lambda・サブセット数・投影数・ノイズを変更すると反復は最初からやり直しになります(MLEM/OSEM は非負画像を前提とするため、手法切替時の初期化は必須です)。表示ウィンドウは真値ファントムの窓に固定してあり、RMSE は FOV 中心 90% 円内で真値と比較した値です。

ファントム

WL 0.500 / WW 1.00右ドラッグ / Shift+ドラッグ:WL/WW調整

手法

サブセット数

再構成像

計算中…
反復回数
RMSE(対 真値)

選択中の手法による逐次近似再構成。反復とともに像が立ち上がっていく。

シミュレーション:収束の観察

左のグラフは、上のシミュレータで実行中の手法の相対残差 Axp/p\|Ax - p\|/\|p\| を反復ごとにプロットします(縦軸は対数)。残差は「現在の画像を順投影した結果が測定とどれだけ食い違うか」の指標です。右の比較モードでは、現在と同一の条件(投影数・ノイズ・λ\lambda・サブセット数)で全 5 手法を 10 反復ずつ実行し、残差曲線を重ねて表示します。ART の初期収束の速さ、SIRT の穏やかさ、サブセットによる OSEM の加速を見比べてください。ノイズがある場合、残差はノイズ水準より下がらなくなります。それ以上下げると、ノイズへの過適合になるからです。

実行中の手法の残差

00.20.40.60.811e01e1反復回数相対残差 ‖Ax−p‖/‖p‖

上のシミュレータで反復を実行すると残差曲線が描かれます。

全手法の比較(同一条件・10反復)

実行条件:λ = 0.50(ART/SIRT/SART)、OSEM サブセット数 = 8。投影数・ノイズは上のシミュレータと同一です。

ボタンを押すと 5 手法 × 10 反復を順番に計算し、残差曲線を重ねて表示します(数十秒かかることがあります)。

反復ごとの相対残差 ‖Ax−p‖/‖p‖(左:実行中の手法、右:全 5 手法の比較)。

シミュレーション:FBP との使い分け

厳しい条件のプリセットでは、そのサイノグラムから FBP(Ram-Lak)と、選択中の手法を 10 反復した結果を並べます。少数投影(24 本)では FBP に強い放射状ストリークが現れるのに対し、逐次近似ではストリークが抑えられます。強ノイズ(I0=3×103I_0 = 3\times10^3)では Ram-Lak FBP がノイズを増幅し、SIRT や OSEM はより滑らかな像になります。手法や λ\lambda を変えると結果はクリアされます。

プリセット

上のプリセットボタンを押すと比較を実行します。

厳しい条件での FBP(左)と逐次近似(右)の再構成像。

実務での使い分け

再構成は連立一次方程式 Ax=pAx = p の求解として定式化できます。ART(レイごとの射影)、SIRT/SART(正規化した同時更新)、MLEM/OSEM(ポアソン統計に基づく乗法更新)は、いずれも残差を減らしながら解へ近づく方法です。少数投影や低線量でも FBP より安定する場合がありますが、計算量は大きく、反復回数、緩和係数、サブセット数によって画質が変わります。

参考文献

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