CT Lab

第11章 アーチファクトとその低減

ビームハードニング・金属・リング・モーション・散乱線。アーチファクトの原因と対策をシミュレーションで確かめる。

ここまでの再構成は、いくつかの仮定を暗黙のうちに置いていました。X 線は単色(すべての光子が同じエネルギー)で、投影データは誤差なく整合しており、被写体はスキャン中静止していて、検出器は理想的に均一で、しかも検出器に届くのは直進してきた一次線だけ、という仮定です。実際の装置ではどれも厳密には成り立ちません。仮定が破れると、再構成像にはノイズとは違う系統的な偽像、すなわちアーチファクトが現れます。第4章で見た少数投影のストリークも、「十分な角度サンプリング」という仮定が破れたときのアーチファクトの一種でした。この章では代表的な 5 つを、原因、サイノグラム上の署名、対策の順に見ていきます。

ビームハードニング

実際の X 線管が出すのは単一エネルギーではなく、連続スペクトル S(E)S(E) を持つ多色 X 線です。減弱係数はエネルギーに依存する(μ=μ(x,y;E)\mu = \mu(x,y;E))ので、検出強度は Beer-Lambert 則をスペクトルで重み付き平均した形になります。

I=S(E)exp ⁣(Lμ(x,y;E)dl)dEI = \int S(E)\, \exp\!\left(-\int_L \mu(x,y;E)\, dl\right) dE

これを第1章と同じように ppoly=ln(I/I0)p_{\mathrm{poly}} = -\ln(I/I_0) と対数変換しても、もはや μ\mu の線積分にはなりません。エネルギービンを離散化すると、多色の線積分は単色の線積分 pp の凹関数になります。

ppoly=ln ⁣(kwkerkp),kwk=1,kwkrk=1p_{\mathrm{poly}} = -\ln\!\left(\sum_k w_k\, e^{-r_k p}\right), \qquad \sum_k w_k = 1,\quad \sum_k w_k r_k = 1

ここで wkw_k はエネルギービンの重み、rkr_k は基準エネルギーに対する減弱比です。低エネルギー成分ほど強く吸収される(rkr_k が大きい)ため、物体を通るうちにビームの実効エネルギーは上がっていきます。ビームが「硬くなる」ことが、ビームハードニングの語源です。効果は経路が長いほど強く、ppolypp_{\mathrm{poly}} \le p で不足分は pp が大きいほど拡大します。つまり物体の中心を通る長い経路ほど減弱が過小評価され、FBP 像は中心が皿状に沈みます。これがカッピングです。

E (keV)S(E)入射スペクトル S(E)透過後実効エネルギーが上がる(硬化)単色の線積分 p多色の測定 p_poly理想(単色)硬化曲線 f(p)長い経路ほど不足 → カッピング

ビームハードニング。物体を通るほど低エネルギー成分が失われて実効エネルギーが上がり(左)、多色の線積分 p_poly は単色の p に対して凹にたわむ(右)。

対策の基本は水補正です。被写体が単一材料(人体ならほぼ水)とみなせるなら、上の硬化曲線 ppoly=f(p)p_{\mathrm{poly}} = f(p) は単調なので、測定値に逆写像 f1f^{-1} を掛ければ単色相当の線積分に戻せます。実機ではこの補正が校正データとして組み込まれています。

シミュレーション:カッピングと水補正

スペクトル幅 β\beta を上げると、無補正の再構成像の中心が沈んでいきます。中心行プロファイルを見ると、真値では平坦なはずの内部が皿状に凹むこと、水補正でほぼ完全に戻ることが分かります。β=0\beta = 0 は単色(第4章までの世界)に対応します。

ファントム

WL 0.500 / WW 1.00右ドラッグ / Shift+ドラッグ:WL/WW調整

スペクトル

無補正(多色)

計算中…
RMSE(対 真値)

水補正後

計算中…
RMSE(対 真値)

中心行プロファイル

計算中…

ビームハードニングによるカッピング。スペクトル幅 β を上げると無補正の再構成像(左)は中心ほど値が沈み、プロファイルが皿状に凹む。単材料なら硬化曲線の逆写像(水補正)でほぼ完全に戻せる(右)。

散乱線

X 線は物体の中で吸収されるだけでなく、コンプトン散乱で向きを変えたまま生き残ります。散乱した光子は「どのレイを通ってきたか」という情報を失って検出器に届くので、測定強度には一次線に加えて、検出器上で滑らかに広がる散乱成分 SS が上乗せされます。

I=I0ep+S,p=ln(I/I0)pI = I_0\, e^{-p} + S, \qquad p' = -\ln(I/I_0) \le p

余分な光が足されるぶん減弱は常に過小評価され、相対的な影響は一次線が弱いところ(減弱の大きい経路)ほど大きくなります。結果はビームハードニングと同型で、中心が沈むカッピングと、高減弱構造の間の暗帯やコントラスト低下が生じます。散乱量は照射体積とともに増えるので、細いファンビームでは軽微でも、第6章のコーンビーム(フラットパネル CBCT)では SPR(散乱・一次線比)が 1 を超えることもある深刻な問題になります。

対策はハードとソフトの二段構えです。まず検出器前面の散乱除去グリッド(斜め入射の光子を物理的に遮る格子)で量を減らし、残りは「散乱は滑らかである」という性質を利用してソフトウェアで推定・減算します(カーネル法、モンテカルロ法によるモデル推定など)。フォトンカウンティング検出器(第13章)でも散乱は消えないため、散乱補正はいまも実機開発の現役テーマです。

シミュレーション:散乱線とカーネル法補正

SPR を上げると、無補正の再構成像では中心が沈み、円柱間の暗帯が強くなります。簡易カーネル補正は、散乱成分が検出器上で滑らかに分布するという性質を使って補正します。得られるカッピングはビームハードニングとよく似ており、実データでは両者を切り分けにくいことも分かります。

ファントム

WL 0.400 / WW 0.800右ドラッグ / Shift+ドラッグ:WL/WW調整

散乱

散乱あり(無補正)

計算中…
RMSE(対 真値)

カーネル法補正後

計算中…
RMSE(対 真値)

中心行プロファイル

計算中…

散乱線によるカッピングとコントラスト低下。SPR を上げると、強度に低周波の散乱成分が上乗せされて減弱が過小評価され、無補正の再構成像(左)は中心が沈み、高減弱構造の間に暗帯が出る。散乱が滑らかであることを利用したカーネル法の簡易補正(右)でほぼ引き戻せる。

金属アーチファクト

インプラントや歯科充填物のような金属は、軟組織より桁違いに大きい μ\mu を持ちます。金属を通るレイでは 2 つのことが同時に起こります。第一に、ビームハードニングが極端に強くなり、単材料の水補正では救えなくなります。第二に、透過光子がほとんど検出器に届かなくなり(I0I \to 0)、対数変換 ln(I/I0)-\ln(I/I_0) がノイズを爆発的に増幅します(フォトン飢餓)。結果として、金属を結ぶ暗帯と、そこから放射状に伸びる明暗のストリークが像を覆います。

金属を通ったレイの値は信用できません。そこで、その部分を測定値ではなく推定で置き換えるのが金属アーチファクト低減(MAR)の発想です。手順はサイノグラムの修復(inpainting)として書けます。

無補正の FBP 像を閾値処理して金属マスクを得る

マスクを順投影し、金属が影響したサイノグラム領域(金属トレース Ω\Omega)を特定する

Ω\Omega 上の値を、周囲からの補間で置き換える

補間後のサイノグラムを再構成し、最後に金属部分の画素を書き戻す

最も素朴な補間が線形補間(LI-MAR)です。各角度の行ごとに、トレースの両端の値を直線でつなぎます。ただし LI はトレースの下にあった本物の構造(骨など)の起伏まで消してしまうため、置き換えた領域と整合しない二次的なアーチファクトを生みがちです。

NMAR(normalized MAR)はここを prior 画像で改善します。無補正像を空気・軟組織・骨に分類した prior 画像を作り、その順投影 ppriorp_{\mathrm{prior}} でサイノグラムを割ってから補間し、あとで掛け戻します。

p~=ppprior,pcorr=p~interppprior\tilde{p} = \frac{p}{p_{\mathrm{prior}}}, \qquad p_{\mathrm{corr}} = \tilde{p}_{\mathrm{interp}} \cdot p_{\mathrm{prior}}

正規化後の p~\tilde{p} は解剖学的構造の起伏がほぼ消えた平坦なデータなので、単純な線形補間でも大きな誤差になりません。構造を先に消してから補間し、あとで戻す。これが NMAR の要点です。

① 無補正 FBP 像② 金属マスク③ 順投影でトレース Ωを特定④ Ω を周囲から補間再構成し金属画素を書き戻LI:線形補間/NMAR:p/p_priorに正規化してから補間

MAR のパイプライン。金属の影響したサイノグラム領域を特定し、補間で作り直してから再構成する。

シミュレーション:金属アーチファクトと MAR

ファントムと MAR 手法を切り替えて比較できます。手法「なし」では、左のサイノグラムに金属トレースが明るい帯として走り、再構成像には暗帯とストリークが現れます。LI ではトレースが滑らかに埋められてストリークが減り、NMAR では周囲の構造がさらによく保たれます。RMSE は金属画素を除いた円内で真値と比較した値です。ノイズを強くする(I0I_0 を下げる)とフォトン飢餓によるストリークが加わります。

補間後サイノグラム

計算中…

無補正 FBP

計算中…
RMSE(金属外)

MAR 後

計算中…
RMSE(金属外)

ファントム

MAR 手法

金属アーチファクトと MAR。金属を通るレイは硬化とフォトン飢餓で信頼できず、無補正 FBP(中央)には暗帯とストリークが出る。LI は金属トレースを行ごとの線形補間で埋め、NMAR は prior 画像の順投影で正規化してから補間する(左のサイノグラムでトレースが埋まる様子が見える)。RMSE は金属画素を除いた円内で真値と比較。

リングアーチファクト

検出器素子の感度がわずかに狂っている(ゲイン gd1g_d \ne 1)と、その素子の測定値は対数変換後に一定量だけずれます。

p(θ,sd)=p(θ,sd)lngdp'(\theta, s_d) = p(\theta, s_d) - \ln g_d

ずれは角度 θ\theta によらず同じ列 sds_d に乗るので、サイノグラムには縦縞として現れます。逆投影でこの縦縞がどうなるかを考えると、検出器位置 sds_d の寄与は全角度で「回転中心から距離 sd|s_d| の直線」に塗り足されます。角度を一周させると、この直線族の包絡線は半径 sd|s_d| の円、すなわち回転中心を囲む同心円状のリングになります。サイノグラム上の 1 本の縦線が、画像上の 1 本のリングに対応します。

sθ180°列 s_d のゲイン誤差(縦縞)|sd|リング 半径 |s_d|

サイノグラムの 1 本の縦線(列 s_d のゲイン誤差)は、像では回転中心を囲む半径 |s_d| の同心円リングになる。

素性が良いアーチファクトなので、対策も素直です。各検出器列の平均値を取り、それを検出器方向に平滑化したものとの差分(= 列固有のオフセット成分)を引けば、実信号の滑らかな構造を保ったままゲイン誤差だけを除去できます。実機では空気スキャンによるキャリブレーションが常時行われています。

シミュレーション:リングアーチファクトと検出器補正

ゲイン誤差 σ\sigma を上げると、サイノグラムの縦縞と再構成像のリングが同時に濃くなります。列正規化を有効にすると、縦縞とリングの両方が抑えられます。

ファントム

WL 0.500 / WW 1.00右ドラッグ / Shift+ドラッグ:WL/WW調整

ゲイン誤差ありサイノグラム

計算中…

リングあり

計算中…
RMSE(対 真値)

補正後

計算中…
RMSE(対 真値)

リングアーチファクト。検出器列ごとのゲイン誤差はサイノグラムの縦縞(左)になり、逆投影で中心を囲む同心円(中央)に化ける。列平均の平滑化差分を引くだけの前処理で大きく低減できる(右)。

モーションアーチファクト

投影データは一度に得られるのではなく、角度ごとに時刻の異なるスナップショットです。スキャン中に被写体が動くと、各角度の投影は「少しずつ違う物体」を見たことになり、1 つの物体として整合するサイノグラムになりません。再構成は全投影が同じ物体を見たと仮定して逆投影するので、矛盾は二重輪郭やストリークとして現れます。

動き方によって署名も変わります。スキャン途中の一度きりの体動(ステップ)はサイノグラムの行方向の段差になり、ゆっくりした一方向の移動(ドリフト)は正弦波状の軌跡の歪みに、呼吸のような周期運動はサイノグラムの波打ちになります。

モーションは事後補正が最も難しいアーチファクトで、実務の対策は回避が主です。ガントリの高速回転と、180° + ファン角で打ち切るハーフスキャンで撮影時間そのものを短くし、心臓 CT では心電同期(R-R 間隔の静止位相だけを使う)、呼吸性の動きには呼吸ゲーティングを使います。データから動きを推定して補正に組み込む研究も進んでいますが、これは次章で触れる学習ベースの手法とも相性の良い発展課題です。

回転時間と時間分解能は同じではありません。1 断面の再構成に 360° 分のデータが必要なら時間分解能はほぼ 1 回転ですが、ファンビームの冗長性を使うハーフスキャンでは約半回転まで短縮できます。dual-source CT は異なる角度に置いた 2 組の管球・検出器を使い、心臓 CT の時間分解能をさらに高めます。prospective ECG triggering は選んだ心位相だけを照射して線量を抑え、retrospective gating は心周期全体を連続撮影して再構成位相の自由度を得る代わりに、一般に線量が増えます。

シミュレーション:モーションアーチファクト

モーションの種類と振幅を変えると、サイノグラムの不整合(ステップの段差が最も見やすい)と再構成像の乱れ方を観察できます。同じ振幅でも、動き方によって像の壊れ方が違います。

モーションありサイノグラム

計算中…

静止

計算中…
RMSE(対 真値)

モーションあり

計算中…
RMSE(対 真値)

ファントム

モーション

モーションアーチファクト。スキャン中の変位はサイノグラムの行間不整合(ステップでは段差、周期では波打ち)になり、再構成像に二重輪郭やストリークが現れる。

まとめ:原因・署名・対策

アーチファクト原因サイノグラムの署名主な対策
カッピング多色スペクトル(物理)長い経路ほど値が不足水補正
カッピング・暗帯散乱線(物理・幾何)滑らかな強度の上乗せグリッド + カーネル法
金属極端な減弱 + フォトン飢餓(物理)金属トレースの帯MAR(LI / NMAR)
リング検出器ゲイン誤差(装置)縦縞列正規化・キャリブレーション
モーション被写体の動き(患者)行間の不整合高速化・ゲーティング

これらの対策は、物理モデルに基づく補正(水補正)、欠損データの推定(MAR)、取得時の対策(ゲーティング)に分けられます。原因の異なるアーチファクトは見た目が似ることもあるため、画像だけでなくサイノグラムや撮影条件も含めて判断する必要があります。次章では、学習データから得た事前知識を画像改善に使う方法を扱います。

参考文献

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